合格に必要なのはAランク論点の理解

南出 優介(みなみで ゆうすけ)さん 受験歴: 新試験3回
大阪大学法学部
大阪大学大学院高等司法研究科
【受講歴】辰已小教室西口クラス

1 司法試験の受験を決意した経緯

 私が司法試験の受験を決意したのは、今よりずっと昔、小学5年生の頃でした。当時私はテレビっ子だったのですが、毎週欠かさず見る好きな番組の一つに、某法律バラエティ番組がありました。その番組は毎週、お題となる法律問題に、パネラーの弁護士達が法的にそれでいて面白可笑しく回答し、ゲストや司会者と名物的なやり取りを繰り広げるというもので、当時の人気番組でした。私はその番組を見ていて、「弁護士という職業はこんなにかっこよくて面白いのか、なってみたい」と思うようになりました。とはいえ、その頃は弁護士になるためにはどうしたらいいのかもわからず、ただ漠然と、かっこいい職業だなと感じているに過ぎませんでした。
 本格的に自分の進路について考えたのは、高校2年生の頃でした。塾に通わせてもらっていたおかげもあり、私は地元の中高一貫の進学校に入学し、進路選択をする高校2年生まで順調に進学しました。その頃の進路選択で、本格的に弁護士になろうと考え、法学部に入ろうと決意しました。その後は予備校に通い、現役で大阪大学の法学部に入学しました。

2 大学時代

 大学に入って1年間は、授業に出たりさぼったり、サークルに行ったりバイトをしたりと、普通の法学部生として過ごしました。2回生の頃から他の予備校の通学クラスを受講し始め、弁護士になるためのステップとして、大学院試験を意識して勉強を開始しました。
 しかし私は致命的に自分に甘い性格で、強制されない限りすぐにさぼる癖がありました。そのため次第に通学クラスをさぼるようになり、カリキュラムから大きく遅れるようになりました。もっとも院試が近づくにつれ、周りの友達の雰囲気に感化され、大学生活の後半は通信授業を急ピッチで見漁りました。そして補欠ではあるものの、なんとか大阪大学の法科大学院に合格することができました。

3 大学院時代

 大学院時代は、楽しい思い出が多かったです。友達と一緒にランチを食べに学外にでたり、談話室で談笑したり、休日に遊んだりと。勉強に関しては、必要最低限、単位を落とさない範囲で行っていました。2,3個の単位を落としたものの、留年することなく卒業し、このままなんとなく司法試験にも受かるのだろうと考えていました。

4 一回目の司法試験

 私は1回目の司法試験に挑むまで、大きな挫折というものをしたことがありませんでした。進学校に入り、大学受験、大学院試験も現役で第一希望に合格したため、勉強面で不合格を経験したことがありませんでした。調子に乗りやすい自分の性格も相まって、司法試験受験前には、何の根拠もない合格への自信がありました。これまで成功してきたのだから、司法試験もなんだかんだ受かるのだろうと思っていました。後から考えれば、この自信は、勉強をしていないが故に発生する、一番危険なものでした。
 結果は当然不合格。しかし根拠のない自信から合格すると思っていたため、不合格という現実が信じられませんでした。人生で初めて挫折を経験し、今までの自分がいかに勉強をせずにさぼっていたのかを思い知りました。
 そこで私は初めて、司法試験合格のために、自分に何が足りないのかを考えるようになりました。

5 2回目の司法試験

 1回目の司法試験の成績は約2100位で、民事訴訟法がたまたまA評価で、あとはどの科目もイマイチな評価でした。成績を見てまず思ったことは、全ての教科が満遍なく悪い(民訴はもともと苦手科目だったので、まぐれホームランが出たのだろうと考えました。)というものでした。
そこで自分の大学院時代の勉強法を見直した結果、大学院時代は、ほとんど授業の予習復習でしか勉強しておらず、問題演習が圧倒的に足りていないとの結論に至りました。
 そのため、とにかく全科目問題演習をひたすらに行おうと思い、各科目100問ほどの問題が入っている問題集を購入し、毎日その問題集をこなす日々を送りました。大学院の友達とのゼミにも参加し、日々問題集の問題を解いていました。
1回目の試験で基準点まで80点差、1科目約10点、100点満点に圧縮すれば、1科目につき5~6点足りないだけ、だから1年浪人して問題集を解けば基準点には届くはず。このような思いで毎日勉強し、2回目の司法試験に挑みました。
 しかし結果は不合格。3回目の司法試験に合格した今だから思えることなのですが、2回目の司法試験に向けた勉強は、敗因分析が甘く、まったく方向違いの努力でした。

6 3回目の司法試験

 2回目の不合格を知り、私は2度目の挫折を味わいました。もっとも、大学院の授業を離れ、自分で敗因分析をして勉強をしていたため、2回目の不合格は、1回目の不合格より圧倒的に絶望感が大きかったのを覚えています。
 3回目の司法試験を受けること自体に迷いはなかったので、直ちに成績表をもとに敗因分析をしました。順位は1700位、評価は最高がBで、どの科目も変わらずイマイチ。確かに去年より総合点は上がっている。ただ点数の上り幅は心もとないし、来年も同じ点数分上昇するかはわからない。何よりこの1年の勉強方法が正しかったのかわからない。たまたま去年より相性のいい問題が出ただけではないのか。結局、各科目ごとに知識が足りていないという漠然とした結論にしか至れませんでした。ただ一つ分かったことは、とにかく、今までの勉強を同じように繰り返しても意味がない。自分に何が足りていないかを、教えてもらいたい。その一心で、辰已法律研究所の西口竜司先生の個別相談を予約しました。
 自分の司法試験の成績、今までやってきたこと、何が足りてないと思っていたか、うまく敗因分析ができていなかったことを個別相談で打ち明けました。藁にもすがる思いで相談に行きましたが、「そういうことなら、正しい方向で努力すれば合格水準まで力をつけられる」と、西口先生は言ってくださりました。「この先生の指導の下でなら、正しい努力ができるかもしれない」、そう思い、あと1年本気で司法試験に向けて努力することを決意しました。
 ほどなくして答練が始まりました。
「南出さんは基礎力が足りていない。基礎的な力を身に着けるよう勉強してください。」
 憲法第1回の答練の添削と講評で、先生からそう言われました。
 基礎力が足りていないという指摘自体には、ショックなどは受けませんでした。自分に何が足りていないか、自分自身では分析できなかったため、先生から客観的な評価をもらえたこと自体、合格への第一歩とさえ感じました。ただ、同時に猛烈な焦りも感じました。なぜなら、他の個別指導の受験生の方々は、全員技術的な(テクニックの)アドバイスをもらっていたからです。「他の皆は基礎が固まっている上でどう書くかの話をしている。しかし自分だけはその前提となる基礎力が欠けている。」今まで他の受験生と自分を比較したことがほとんどなかったため、周りとの学力の差に愕然としました。
 もっともっと勉強しなくてはならないが、去年のようにやみくもに問題集を解いてもだめなはずだと思い、先生に何をどう勉強すればいいか聞きました。先生は、Aランク論点をどの角度から聞かれても答えれるようにすることが大切とおっしゃいました。
その後の答練や、過去問の演習を繰り返すうちに気づいたことなのですが、司法試験の合否は、ほとんどAランク論点の精度で決まるのです。これまでの自分の勉強は、Aランク論点は何度か聞いたことがあるためテキトーに学習し、BCランク論点は聞いたことがないので、知っておかなくてはと思い、時間をかけていました。まさに力を入れるべき方向が真逆だったのです。
 私はとにかくAランク論点を学習することを徹底しました。まずは、辰已の趣旨規範ハンドブックの星マーク論点(Aランク論点)を深く理解し、覚えることに努めました。星マークの論点について、判例からどのような事案でどのようなことが問題になったか理解し、短文問題で、どのような聞かれ方をして、どのように書くかを学び、そしてその上で趣旨と規範を暗記しました。どんな論点についても浅い理解と浅い暗記しかしてこなかった私にとって、この勉強は思っているより時間がかかり、また苦しいものでした。10月ごろから答練の第1クールが始まりましたが、ある程度星マーク論点を理解かつ暗記できたのは、第2クール中盤だったと思います。
 また、この勉強と並行して行った勉強が、2つあります。
 まず一つは、論文を書く際、事実から書き始めるという意識を徹底することです。答案は、まず事実から入って、次に条文、条文をそのまま適用できない場合に初めて論点が出てくるという意識を持ちなさいと、西口先生はほぼ毎回の答練で言われました。これも定着するまで少し時間がかかりましたが、答案を書く際や再現答案を読む際には必ず意識して取り組みました。
 二つ目は、答練の書き直しをすることです。この勉強法も、西口先生に言われるまで行ったことがなかったものでした。思っていたより時間と労力を使う作業ですが、いざ書き直してみると、青天の霹靂でした。まず、自分の答案がいかに不出来か思い知りました。そして次に、解説を聞いて理解した気になっていたものの、いざもう一度同じ問題で答案を書くと、書き方が定まらなかったり、事実に合わせた論述ができていないということが分かりました。解説をただ聞いているだけでは、一度やった問題すら完璧に書けないのだということを悟り、第1クールは答練の書き直しを継続して行いました。
 西口先生から個別指導や答練で教わった、以上の勉強方を日々行っていましたが、すぐに答練の点数に結びつくことはなく、第1クールはどの科目も20点台を連発し、たまに40点台前半がでればいい方でした。40点台前半の点数が出た時も、クラス平均より10点以上低いことが多かったのを覚えています。正直、自分一人で勉強していれば、答練の点数という結果に一喜一憂し、我慢できずに勉強方法を変えていたと思います。しかし西口先生は、「点数は気にしなくていい。書き直しをして、今の勉強を続ければ、3月ごろ急激に伸びる。新しい勉強方法にしたいと思うけど、今は我慢する時です。手を広げてはいけない」と個別指導のたびにおっしゃいました。私は先生のこの言葉を信じ、上記の勉強に加えて、各答練前に、今までの答練の復習をして答練に挑むという勉強を、第2クールが終わる頃まで続けました。
 先生の言葉どおり、第2クール終盤には答練の点数が上がり始め、答案の書き方も良くなっていると言われました。そして司法試験直前の辰已全国公開模試では、各科目満遍なく点数が取れ、上位15%に入ることができました。この時になってようやく、やってきた勉強が実を結びつつあることを実感しました。
 しかし、このまま試験まで油断せず走り抜けよう、そう思っていた矢先、新型コロナウイルスの流行を受け、司法試験の延期が決定しました。前代未聞の試験延長、しかも実施日は未定。どうしたものかと頭を抱えました。正直、延期が決定してから数日間は勉強に身が入りませんでした。延期そのものより、実施日が未定ということが、勉強のスケジュールを狂わせたからです。ただ、この時も西口先生は、「不安なのは受験生皆同じ。今の時期、勉強が全然できなかったり、手を広げて新しい勉強を始める人がいる。こういう時こそ、過去問と答練の復習、そしてAランク論点の徹底に努めましょう」とおっしゃい、私達受験生を励ましてくださいました。
 実際私も、西口クラスでなければ、延期に戸惑い、時間が増えたことを口実に、新しい基本書を読んでいたと思います。司法試験に合格できたのは、勉強方法を変えるなというあの時の西口先生の言葉があったからだと実感しております。
 延期が決まってから試験までの約4か月は、手薄だった経済法を中心に、司法試験の過去問の答案を再度作成し、新司法試験が始まってからの14年分の過去問と、答練の復習、Aランク論点の深堀りを徹底して行い、(同時に短答の対策も日々時間をとって行っていました。)他の勉強法には手を出しませんでした。そのため、延期後の試験直前には、新しい知識はない代わりに、過去問と今までの答練の範囲では、どの角度から問題が出されても対応できるような感覚でした(それでもなお計り知れない不安は胸の中にありました。)。
 今まで死に物狂いで勉強してきたという自負と、西口先生からいただいた言葉、冷えピタシートを持って、大阪の試験会場へと向かいました。
試験期間中のことはあまり覚えていません。とにかく各科目、わからなかった部分やミスした部分は気にせず、「相対評価だから蓋を開けるまで分からない。」という気持ちで、切り替えていました。ただ、短答だけは、わからない肢が多すぎて、足切りを覚悟しました。
 論文で合格点に乗っているかは分かりませんでしたが、少なくとも短答の足切りにかかれば採点すらされません。3回目の試験で、人生で一番努力した受験で、結果が短答落ちかと思い、帰り道は涙をこらえきれませんでした。
 絶望を感じながら次の日に短答の自己採点をすると、まさかの131点で、何度見ても点数を信じれませんでした。今になって言えることですが、短答の勉強についても、知識の丸暗記に頼らず、論文の勉強と同じく(短答の)Aランク論点を深く理解することに努めた結果、最後の2択で正しい肢を選べる感覚が身についていたのだと思います。

7 合格発表

 合格発表まではひたすら法律事務所でのアルバイトに打ち込みました。この期間は特に大きな心境の変化はありませんでした。
 発表直前、1月からは気が気でなく、何か作業をしていないと苦しい状態になりました。私は、今回の受験を、専業受験生として受ける最後の司法試験と決めており、不合格の場合は就職するつもりでした。コロナによる試験の延期もあり、不合格の場合に次の試験まで残された時間は約4か月、しかも就職をして仕事を覚えなければいけない時期であることを考えれば、実質的に自分にとって弁護士になるラストチャンスかもしれないと感じていました。そのため、合格発表前の苦しみは、過去2回とは比べ物になりませんでした。
 発表当日、16時までアルバイトのシフトを入れており、タイムカードを押した後、アルバイト先で発表を見ました。サイトが混雑してつながるのを待っている時間は、間違いなく人生で一番苦痛な時間でした。
 自分の番号を発見したときは、信じられないという思いしかありませんでした。過去2回、自分の番号が見当たらない恐怖を体験していましたので、勉強量云々ではなく、自分の番号があるという事実それ自体が、信じられませんでした。合格の報告をするため、両親に電話し、西口先生に電話し、友達に電話したところで、涙が止まらなくなりました。その日は受かったという実感はなく、ただ、不合格ではなかったという安心感のみがありました。本当に落ちなくてよかった、長い苦しみからようやく解放されるという思いが強かったです。
 その後大学の成績証明書の取り付けや修習の申請などの諸手続きで慌ただしく過ごしている中で、司法試験の成績通知書が届きました。合計順位は236位、憲法と刑訴がBで、その他科目がA、経済法が61点でした。受かってしまえば、その後の人生に合格順位は関係ないと思いますが、それでも私は自分の順位を見て、この1年の勉強が報われたと感じました。

8 終わりに

 西口クラスでは、日々の勉強方針の指導だけでなく、要所に西口先生からの叱咤激励もあり、コロナによる試験延期という前代未聞の状況の中でも高いモチベーションを保つことができました。
 また、同じく個別指導を受けていた他の小教室生の方々とも、互いに情報交換をしつつ切磋琢磨できたことが、合格の要因であると思います。西口クラスに入らず、2回目の試験同様に自分自身で誤った敗因分析をしていれば、今回も不合格になっていたと思います。西口先生の個別相談を受けるまでは、自分ではどうしたら合格するのか全く先が見えない状態にあったため、今思えば、辰已で個別相談を受けた日が私の人生の転機だったように思います。
 最後になりますが、合格まで粘り強く指導してくださり、励まし続けてくださった西口先生、共に勉強してくださった小教室生の皆様、あらゆる面でサポートしてくださった辰已法律研究所の皆様、両親、応援してくれた周りの方々には、感謝の言葉しかありません。
 本当にありがとうございました。

辰已法律研究所 受講歴

・辰已小教室西口クラス

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